□ H24年12月期 A-10  Code:[HD0403] : 移相法によるSSB変調器の構造と原理、フィルタ法との比較
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2022年
12/31 12月期問題頁掲載
09/01 08月期問題頁掲載
05/14 04月期問題頁掲載
H2412A10 Counter
無線工学 > 1アマ > H24年12月期 > A-10
A-10 次の記述は、SSB(J3E)波の発生方法について述べたものである。[ ]内に入れるべき字句の正しい組合せを下の番号から選べ。

(1) フィルタ法では、まず、平衡変調器やリング変調器を用いて、[A]を発生させ、次に、いずれか一方の側波帯のみを取り出す。
(2) 図は、移相法によるSSB変調器の構成例を示したものである。この方法は、フィルタ法に必要な急峻な[B]が不要な反面、信号波の全域にわたり平坦な位相特性を有するπ/2移相器が必要である。デジタル信号処理の発展に伴うデジタル移相器の実現により、この方法が実用化されている。
問題図 H2412A10a
Fig.H2412A10a


抑圧搬送波両側波帯 帯域フィルタ(BPF)
抑圧搬送波両側波帯 帯域除去フィルタ(BEF)
低減搬送波単側波帯 帯域フィルタ(BPF)
低減搬送波単側波帯 帯域除去フィルタ(BEF)

 久々の、歯ごたえのある新問です。この問題で問われているのは、1アマでは私が記憶する限り初めての出題となる、移相法によるSSB波の発生法です。「移相法って何だ?」という方も多いと思いますので、原理から説き起こします。そのため、どうしても数式が多くなりますが、高校の理系コース程度のレベルです。数式を用いれば、フィルタ無しで片側の側波帯だけが取り出せる原理が、鮮やかに表現できます。
 もし、数式が理解できなくても、問題で問われていることは計算ではないので、移相法の特徴を暗記しておけば解けるでしょう。

[1]移相器の働き

 まず、移相法のキーとなる、移相器について簡単に調べておきます。
Fig.HD0403_a π/2位相器の動作
Fig.HD0403_a
π/2位相器の動作
 移相器は、入力の交流の位相を、一定の位相角だけ遅らせる、又は進めるものです。通常よく用いられるのは、π/2だけ進めたり遅らせたりする位相器です。この解説では、「遅れ」の方を採用しますが、SSB波を得る目的では、どちらを使っても同じです。
 π/2だけ位相を遅らせる、ということは、入力がcos波ならsin波が、入力がsin波ならcos波が出力される、ということです。
 このことは、下記の三角関数の公式から得られる結果です。例えばcosの三角関数のグラフを書いて、π/2だけ前後にずらすと、sinや-sinのグラフに重なる、というあれです。
 
 このような回路を設計しようと単純に考えれば、入力に一定時間の遅延を加えてやれば、位相が遅れて出てくるので、簡単なように思います。しかし実際には、搬送波は必ずしもいつも同じ周波数ではありませんし、信号波(被変調波)の場合は音声等の、いろいろな周波数成分の重ね合せで表現される波ですから、考えている帯域内のいかなる周波数に対しても、一定の移相量となる特性を持たせるのは、簡単でないことは想像できます。
 これには、最近のデジタル信号処理技術を応用することで解決策があるのですが、それはこの解説の最後の方で。

[2]平衡変調器の動作

 次に、平衡変調器の動作を復習しておきます。これは、過去にもいくつか類題が出題されていますので、詳細は、例えばH2004A09等の解説を参照して下さい。
 平衡変調器は、信号波と搬送波を入力してやると、上下の側波帯(サイドバンド)のみが出力される回路で、通常は搬送波は出力されません。平衡変調器の中身は、大概が半導体素子の非線形現象を用いた乗算器です。
 乗算器で、なぜ上下の側波帯が出てくるのかは、再び三角関数の公式のお世話になります。ここで使うのは、(3)から(5)式のいわゆる「積和の公式(積を和に直す公式)」です。
 これらの式の右辺を見ると、2つの入力のsinとcosがどのような組合せであっても、αとβ(α≠β)の和と差の成分が見えています。搬送波を中心に上下の側波帯のみが出力される、ということがこの式から分かります。
Fig.HD0403_b 平衡変調器の動作
Fig.HD0403_b
平衡変調器の動作
 
 より具体的に、搬送波をVC=ECcosωCt [V]、信号波をVS=EScosωSt [V]とします。これらの積を取れば、平衡変調器の出力VOC [V]は、
 
ここに、EO=kECSです。kは平衡変調器の変換利得です。(6)式では搬送波、信号波ともにcosでしたが、この後の計算のために両方-sin、つまり、搬送波をVC=-ECsinωCt [V]、信号波をVS=-ESsinωSt [V]とすると、平衡変調器の出力VOS [V]は、
 
という信号が得られます。

[3]移相法でSSB波を得る原理

 ここまでは、移相法の構成要素とその動作について説明してきました。上の(6)及び(7)式を見ると、もう答えが見えている方もおられるかも知れませんが、平衡変調器とπ/2移相器を使ってSSB波を得る構成と原理を見て行きます。
Fig.HD0403_c 移相法SSB変調器の原理
Fig.HD0403_c
移相法SSB変調器の原理
 移相法を用いたSSB変調器のごくシンプルなブロック図をFig.HD0403_cに示します。
 信号波は、2本に枝分かれして、一方にのみπ/2移相器が接続されています。搬送波も同様です。
 この構成では、信号波、搬送波共に移相器を通らなかった枝、移相器を通った枝が各々平衡変調器に入力されます。つまり、信号波、搬送波共にcosであるとすると、移相器を介しない平衡変調器1には信号波のEScosωStと搬送波のECcosωCtが入力され、他方、平衡変調器2には信号波の-ESsinωStと搬送波の-ECsinωCtが入力されることになります。
 そこで、(6)式で示される平衡変調器1の出力VOCと、(7)式で示される平衡変調器2の出力VOSとを加算すれば、
 
となって、上側側波帯(USB)が得られます。下側側波帯(LSB)を得るには、加算ではなく減算(回路的には、反転して加算)すればよく、
 
となります。
 ここまでの説明では、「数式がこうだからこういう信号が得られる」式になっていて、数学ありきになっていて面白くないのですが、物理としては、π/2位相をずらした信号で平衡変調を掛けると、ずらさないで平衡変調を掛けた出力と比べて片側の側帯波成分の符号が違う、という特性を利用しています。ですから、上の例で言えば、加算すればLSB成分が相殺してUSBが、減算すればUSB成分が相殺してLSBが得られる、ということになります。
 音声信号で変調を掛ける場合、平衡変調器等を使った方法では、出力に両側波帯が出てくるので、変調器の後段に音声帯域のかなりシャープなバンドパスフィルタがないと、不要な側帯波の減衰量が十分確保できないという問題のため、技術的にハードルが高いです。この方法なら(帯域内でフラットな移相特性を持つ移相器をどう実現するか、という別な困難はありますが)フィルタに関する課題を克服する必要はありません。

[4]デジタル技術が支える変調技術

 我々アマチュアが使う無線機の中にも、DSP(Digital Signal Processor)という、信号処理に特化した高速演算器(DSPについてはH2404A15を参照下さい)が搭載されたものが出てきています。搬送波はアマチュアでHFから50MHzと考えると、DSPの内部クロックはそれをはるかに上回るGHzオーダーのものもあります。
 1クロックで積和(乗算+加減算)が行なえるDSPを使えば、HFと50の無線機なら、ここに書いた移相器や平衡変調器を、デジタル的に構成することができます。信号波はもちろんのこと、搬送波までデジタル値として、乗算や加減算を全部デジタル的にやってしまおう、ということです。
 こうなってくると、上に書いたような、帯域内で全域にわたるフラットな移相・位相特性を持った移相器や高次のひずみが原理上生じない変調器を構成することが可能になります。プログラムで制御しますから、アナログ回路特有の部品のバラツキを考慮する必要もありません。(とはいえ、誰でも作れるほど簡単ではなく、内部の演算はスピード確保と誤差をどう少なくするか、というノウハウの塊なのですが…)

それでは、解答に移ります。
 平衡変調器やリング変調器が出力するのは、AM変調(A3E)波から搬送波を取り去ったもの、つまり抑圧搬送波両側波帯です。この信号から、上下どちらかの単側波帯を取り出すには、シャープなスカート特性を持った帯域フィルタ(BPF)が必要ですが、位相法には、ブロック図を見ての通り、これが必要ありません。
 従って、正解はと分かります。