□ R04年04月期 A-25  Code:[HJ0606] : ベクトルネットワークアナライザの特徴と測定対象、測定原理
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A-25 次の記述は、回路網の特性を測定するためのベクトルネットワークアナライザの基本的な機能等について述べたものである。このうち誤っているものを下の番号から選べ。
回路網の入力信号の周波数を掃引し、各種パラメータの周波数特性を測定できる。
回路網の入力信号、反射信号及び伝送信号の振幅と位相をそれぞれ測定し、Sパラメータを求める装置である。
回路網のhパラメータ、Zパラメータ及びYパラメータは、Sパラメータから導出して得られる。
回路網と測定器を接続するケーブルなどの接続回路による測定誤差は、測定前の校正によって補正することができる。
回路網の入力信号と反射信号の分離には、2抵抗型のパワー・スプリッタが用いられる。

 この問題を見た時、驚きました。1陸技の無線工学Aの問題で選択肢の内容が殆ど同じ物が出題されている(例えば令和3年7月期2回目のB-2)からです。1陸技でも、スカラー、ベクトル、共にネットワークアナライザの問題は良く出題されますが、完全な理解はなかなか難しいと思います。
 しかし、一度出題された以上、これからの1アマには1陸技レベルの問題も出るものだと観念して、解説します。
 ネットワークアナライザとは、Sパラメータを測定する測定器です。しかし、そもそも、Sパラメータとは何か、が分からないと解きようがありません。しかも、実は、Sパラメータは伝送線路が分かっていないと意味が分かりません。 ネットワークアナライザの構造と測定方法を調べることにします。

INDEX

[1]Sパラメータ
  (1) 回路の特性を表現する…電圧と電流を使う方法
  (2) 回路の特性を表現する…波振幅とSパラメータ
  (3) 2ポートの回路の考え方
  (4) 多ポートの回路の考え方
[2]Sパラメータの測定原理
  (1) ポートに電力を加える場合
  (2) ポートから電力を受ける場合
  (3) 方向性結合器(方結)
[3]ベクトルネットワークアナライザ
  (1) ネットワークアナライザとは何か
  (2) Sパラメータを測る
  (3) 原理構成と動作
  (4) 複素電圧値の測定と演算
  (5) 測定前の校正について

  解答


[1]Sパラメータ

 ごく簡単に言ってしまうと、Sパラメータは回路の特性を表すパラメータの一つですが、主に高周波回路で用いられるものです(低周波でもその概念は使えます)。他にも、回路特性を表すパラメータはいろいろありますが、何故、高周波領域ではこのパラメータが用いられるのか、を考えてみます。
 まず「回路のパラメータ」と言っても、高周波回路では一筋縄にはいきません。H1904A19のように、同軸ケーブルの先端に付けたアンテナが少し不整合になっただけで、反射係数が複素数になる始末です。これは、高周波(に限らず交流全般)は「波動」を扱うため、波の振幅だけでなく位相を解析対象にしなければ回路やデバイスの特性を完全に論じられないためです。見方を変えれば、このように、高周波エネルギーを加えてやって、反射してくる波、透過してくる波の振幅と位相を測ってやれば、そのデバイスなり回路の特性が分かるのではないか、ということです。
 なお、前提としてSパラメータの測定で扱うのは線形回路のみですので、特に回路が線形であることは断っていません。

(1) 回路の特性を表現する…電圧と電流を使う方法

 増幅器のように、2つのポート(外部と回路のアクセス口をポートといいます。一般に電源は含めません)を持つ回路の特性を調べたい時、回路に流れ込む電流やポートに発生する電圧で回路特性を表現する、という方法があります。
 例えば、あるポート(ポート1とします)にV1 [V]が発生している時に、I1 [A]が流れ込み、他方のポート(ポート2とします)にV2 [V]が現れるI2 [A]が流れ込んでいるとします(電流の向きは双方ともポートに流れ込む方向が正であることに注意)。
 この時、ポートの入力インピーダンスや出力インピーダンスに似た、Z11, Z12, Z21, Z22(単位は全て [Ω])を以下の式で回路の特性を定義します。
 
さらに(1)式,(2)式をまとめて行列で表し、
 
と表現します。この11, Z12, Z21, Z22をZパラメータ、これらを要素とする(ここでは2×2の)行列をZ行列といい、各々のZの値や周波数特性を調べることにより、回路の特性を知ることができます。
 実際の測定においては、Fig.HJ0606_a左のように、ポート1にV1 [V]がかかっていて、I1 [A]が流れ込んでいるとして、ポート2を開放にしてV2 [V]が発生しているとします。すると、I2=0なので、(1)式、(2)式にこれを代入すれば、Z11とZ21が求められます。
 次に、ポート2にV2 [V]がかかっていて、I2 [A]が流れ込んでいるとして、ポート1を開放にして、V1 [V]が発生しているとします。すると、I1=0となるので、同様にしてZ12とZ22が求められます。
Fig.HJ0606_a 回路を表すパラメータと測定法
Fig.HJ0606_a
回路を表すパラメータと測定法
 (3)式では、左辺に電圧ベクトル、右辺はZ行列×電流ベクトル、となるようにしましたが、必ずしもこの表現だけではなく、下記のような表現も可能であることはお分かりになるかと思います。
 
要するに、ポートごとに電圧と電流を組にして、Zパラメータと同様に、
 
という行列演算に変換したものです。
 右辺の2×2行列の中のパラメータをABCDパラメータといい、この行列をABCD行列といいます。AとDは無次元量、Bは[Ω]、Cは[S]です。このようにすると、何がメリットなのかというと、複数の回路網があって、それらを縦続(カスケード)接続する時、全体の回路の特性が個々の回路網のABCD行列の積で求められる、という点です。Z行列ではこのようには行きません。
 さて、各々のパラメータを測定するには、Fig.HJ0606_a右のようにします。まず、ポート1にV1 [V]がかかっていて、I1 [A]が流れ込んでいるとして、ポート2を開放(つまりI2=0)にしてV2 [V]が発生しているとします。これを(4)式、(5)式に代入すれば、AとCが求められます。
 今度はポート2を短絡(つまりV2=0)にしてI2が流れ込むとします(ここでポート1にかける電圧、流し込む電流は上のV1やI1と同じでなくて良い)。同様に、(4)式、(5)式から、BとDが求められます。
 Zパラメータと同様に、ABCD各々の値や周波数特性を調べることにより、回路の特性を知ることができます。
 なお、ABCDパラメータと同様に、回路の特性を行列で表記する方法には、hパラメータ、Yパラメータ等がありますが、どれもSパラメータから演算で変換することが可能です。

(2) 回路の特性を表現する…波振幅とSパラメータ

 上の方法で、回路の特性が表現できそうなことは分かりましたが、高周波回路にこれを適用しようとすると、実用上の壁にぶち当たります。第1に、高周波では、電圧や電流が容易に測定できない、という点です。第2に、ZパラメータやABCDパラメータを求めるのに、ポートを開放や短絡にする、という手法を使いますが、高周波回路(能動回路)でポートを短絡・開放にすると、発振したり、回路が破壊(特に電力増幅回路の場合)したりするので、この手法は使えません。高周波でなくとも、オーディオアンプですら出力を短絡したら(保護回路でもない限り)壊れます。
 「受動回路なら発振や破壊はしないから、いいだろう」と思いますが、扱う周波数がGHz以上になってくると、短絡のために用いた数mmの導線、開放した端子ですら伝送線路(分布定数回路としてのLやCやスタブ)と見なさなければならなくなり、「真の短絡」「真の開放」状態を得ることが困難になるので、これもダメです。
 そこで、高周波でも使えるSパラメータの登場、となるのですが、Sパラメータを考えるにあたっては、ZパラメータやABCDパラメータのような、端子の電流や電圧といった単純な物理量での表現ではないため、最初に少し伝送線路の復習をしておきます。
 まずは1ポートの回路網を考えます。一つしかポートがない回路は、能動回路ではあまり現実味はありませんが、ともかくもFig.HJ0606_bのように、出力インピーダンスZ0 [Ω]の励起電源から無損失の伝送線路(特性インピーダンスZ0 [Ω])特性インピーダンスZ0 [Ω]のポートを経て負荷の中の回路網に接続されている系を考えます。要するに、ポートまでは全てインピーダンスがZ0で整合しているものとします。
 なお、「負荷」としては、伝送線路上にある「端子」のところを「分界点」として、下流側(Fig.HJ0606_bで点線で囲った部分)を考えます。これは、通常、高周波回路の入出力部分がコネクタ等の「インピーダンスがきちんと決まった部品」で構成され、回路網「本体」はその「内側」に接続されているので、現実に近いモデルと言えます。
 電源からポートに向かう波を「進行波と呼んでその電圧をVf [V]とし、ポートから電源に戻る方向の波を「後退波と呼んでその電圧をVr [V]とします。(伝送線路解析では進行波と逆向きの波は「反射波」と呼びますが、この後で出てくる多ポートの回路では、あるポートから入った電力が他のポートに出てくることがあるため、進行波がなくても逆向きの波が存在し得ます。このため、「反射波」ではなく「後退波」という言葉を使います。)
 ポートの両端電圧をVL [V]、流れ込む方向の電流をIL [A]とすると、下記が成り立ちます。
 
なお、変数は(太字にしたり矢印を付けたりしていませんが)全て複素数です。
 なぜ、負荷の端子で(7)式や(8)式になるか、の説明は、大変長くなりますので、伝送線路関係の教科書等をご参照下さい。
 端子の点における反射係数Γは、以下の式で表されます。
Fig.HJ0606_b 1ポート回路のSパラメータ
Fig.HJ0606_b
1ポート回路のSパラメータ
 
ここで、Lは端子から無損失伝送線路(紫色の線の部分)とその先に接続された負荷を見込んだインピーダンスでZL=VL/ILです。
 ここで、次のような量aとbを定義します。
 
2式とも、分子は電圧なのでイメージも湧きますが、分母がインピーダンスの√で、何だか実体がつかめません。しかし、下記のようにこれらの(絶対値の)2乗を計算すると、意味が明確になります。
 
つまり、aやbは、それぞれ進行波電力Pf [W]、後退波電力Pr [W]を表す量であることが分かります。aやbのことを「波振幅」(又は電力波)といい、振幅の大きさは√Pfや√Prに等しく位相はVfやVrと同位相であると定義します。
 波振幅を導入するのは、上で、「高周波の電圧や電流は測定が困難」と書いたことと深く関係します。電圧や電流は測定できなくても、電力なら(それらよりは)簡単に測定できるからですが、Sパラメータは、この波振幅を使って定義されたパラメータです。
 ここで考えているのは1ポートなので、ポートで測れる電力としては、同じポートに入って行く電力Pfとそこから出てくる電力Prの2つしかありません。なので、Sパラメータとしては、S11の一つしかありませんが、これは下記のように定義します。
 
11の絶対値は、√(Pr/Pf)と書けます((12)式、(13)式の平方根を(14)式に代入して絶対値を取る)。また、11は注入した波振幅に対して、その一部が戻ってくる波振幅ですから、反射係数Γに等しくなります。反射係数が周波数の関数であるように、Sパラメータも一般に周波数によって値が変化します
 一般に多ポート回路でのSの添字の付け方ですが、電力を注入するポート番号をm回路から出てくる電力に着目しているポート番号をnとすると、nmです。nmポートnに出てくる波振幅/ポートmに注入した波振幅、と定義します。ここでは、ポートが一つしかありませんから、両方とも1です。
 ここで、ポートに注入した電力Pfと出てきた電力Prの差が、Fig.HJ0606_bの負荷の中にある回路網に吸収された電力(あるいは負荷がアンテナなら空間に放射された電力)に等しいので、それをPtとおくと、S11を使って、
 
と求められます。

(3) 2ポート回路の考え方

 1ポート回路が分かれば、線形な2ポート回路も同様に考えることができます(ここからは電力ではなく、波振幅で考えます)。Fig.HJ0606_cのように、両端がZ0の2ポート回路を考えます。ポート1に注入する波振幅をa1、ポート2に注入する波振幅をa2、ポート1から出てくる方向の波振幅をb1、ポート2から出てくる方向の波振幅をb2とします。
Fig.HJ0606_c 2ポート回路のSパラメータ
Fig.HJ0606_c
2ポート回路のSパラメータ
Fig.HJ0606_d Sパラメータの測り方
Fig.HJ0606_d
Sパラメータの測り方
 ここで、各ポートに接続された回路の内部で反射が起こるものと考える(正確には、この図の緑と黄色の太い矢印には回路内部で熱になってしまう成分、もしくは増幅作用で外部からエネルギーが与えられるような作用は表現されていない)と、

 b1=a1が反射した波+a2が透過してきた波
 b2=a2が反射した波+a1が透過してきた波

と考えることができます。a1がポート1に反射で返ってくる係数をS11(これは1ポートの時と全く同じです)、a1が透過してポート2に出てくる係数をS21、a2がポート2に反射で返ってくる係数をS22、a2が透過してポート1に出てくる係数をS12(添字は上で書いたルール通り)とすると、上記の「言葉で書いた式」は以下の式になります。
 
さらに、これらを行列を用いて書けば、
 
となります。(18)式のSの2×2行列をS行列、その要素SnmSパラメータと言います。もちろん、全て複素数です。受動部品のみからなる線形な回路は、|Snm|≦1ですが、増幅回路など、外部から電源(=エネルギー)を供給されて動作する能動素子を持った線形回路では、|Snm|>1となり得ます
 ではここで、実際にこれらのSパラメータを求める方法を考えてみます。
 まず、Fig.HJ0606_d上のように、ポート1に整合した励起電源を接続し、ポート2にZ0の整合負荷を接続します。こうすることで、(18)式のa2=0とすることができますから、S11について、
 
が得られ、同様にS21について、
 
が得られます。
 次に、Fig.HJ0606_d下のように、ポート2に整合した励起電源を接続し、ポート1にZ0の整合負荷を接続します。こうして、(18)式のa1=0とすることができて、上記と同様に、S12について、
 
が得られ、S22については、
 
が得られます。
 ポート1、ポート2にa1, a2を同時に加えた時も、回路が線形である限り、(18)式の成立が保障されます。
 このように、Sパラメータは、
 ・測定の容易な電力をベースに波振幅で評価する
 ・ポートは常に整合状態で測定する
ため、高周波で測定の困難な電圧・電流を扱うことがなく、かつ、ポートの短絡や開放といった「危険な」状態を作ることもなく、パラメータが得られるのです。
 電力で評価ができるということは、別のメリットもあります。それは、回路のポートが同軸ケーブルや導波管、平行2線などどのような形を取っていても、整合してさえいれば測定できるという点です。上までの議論で、Sパラメータの測定には、進行波と後退波の両方を測定する必要があることが分かりましたが、電圧(もしくは電流)の形で波振幅を直接求めることは伝送線路の形態によってはほとんど不可能(導波管内の電圧を進行波と後退波に分けて測れる?)です。
 この後にも述べますが、電力であれば、方向性結合器(方結)を用いて、これらを分離して測定することは比較的容易です。

(4) 多ポート回路の考え方

 2ポート回路が分かれば、3ポート以上の回路も考え方は全く同じです。
Fig.HJ0606_e 多ポート回路のSパラメータ
Fig.HJ0606_e
多ポート回路のSパラメータ
 Fig.HJ0606_eのようなnポート回路を考えます。これまでと同様、各ポートには特性インピーダンスが基準インピーダンスZ0となる伝送路(コネクタでも良い)が付いているものとします。
 ここで、しつこいようですが再度確認しておきます。Sパラメータを議論する際は回路は線形でなければなりません。3ポート回路の代表例であるミキサー(周波数混合器)や平衡変調器、4ポート回路のマジックT、多ポートのサーキュレータ等は非線形回路なので、ここでの議論は成立しません。
 1からnまでのn個のポートについて、ポートiに注入する波振幅をai、ポートiから出てくる方向の波振幅をbiとすると、2ポートの場合と同じ考え方で、
 b1=a1が反射した波+Σai(但しi≠1)が透過してきた波
 b2=a2が反射した波+Σai(但しi≠2)が透過してきた波
  :    :           :
 bn=anが反射した波+Σai(但しi≠n)が透過してきた波
というn本の方程式が立ちます。これを行列で表現すれば、
 
と書けます。ポートのインピーダンスは全てZ0で統一されていますから、m番目のポートについての波振幅は、進行波am及び、後退波bmそれぞれについて、元となる電圧波Vfm(進行波), Vrm(後退波)として、
 
と表せます。
 (23)式のS行列の各要素(=Sパラメータ)を求めるには、2ポートの場合と同じように、m番目のポートのみを整合した電源で励起し、他には整合した負荷抵抗Z0で終端しておきます。この状態で各ポートの電力を測定し、2ポートの場合の(19)式から(22)式のように計算すればよいわけです。
 i(但しi≠m)番目のポートの進行波・後退波が各々、
 
であるとして、Sim(m番ポートを励起してi番ポートに透過してくる割合でi≠m)は、
 
と計算できて、Smm(m番ポートの反射係数)は、
 
と求められます。
 2ポートの場合と同じく、iやbiは、直接求められないので、進行波や後退波の電力を測定して、その値の平方根の比率でSjkを求めます

[2]Sパラメータの測定原理

 ここからは、実際のSパラメータの測定方法について調べて行きます。ここまで簡単に、ポートに「整合電源を繋いで励起する」とか、「整合負荷抵抗を繋ぐ」とか書いてきましたが、もう少し突っ込んで考えてから、実際の測定器の仕組みについて調べます。
 なぜこんなことを説明するかと言うと、この解説を書いていて、ふと「初歩的な質問」が頭に浮かんだからです。自分でも、もし聞かれても答えられず、何とか答えをひねり出そうと、悩んだ結果です。
 その質問とは、「Sパラメータを測定することは、『回路がどの程度標準インピーダンスから外れているか』を評価することでもあるのに、各ポートはZ0のコネクタが付いていて、接続するのも出力インピーダンスがZ0の電源やらZ0 [Ω]の終端抵抗なのでは、反射が起こりようがないのではないか?」というものです。「そんなの当たり前!」と答えが浮かぶ方は、ここは読み飛ばしていただいてかまいません。

(1) ポートに電力を加える場合

 まず始めに、ポートに電力を加える場合です。上記ではポートを「励起する」などと書いていますが、要するに外から(高周波)電源により、ポートにエネルギーを加えることです。
 Fig.HJ0606_fのように、出力インピーダンスZ0の電源を、特性インピーダンスZ0の無損失線路(茶色の部分)を介してm番目のポートに接続するモデルを考えます。上で考えてきたように、ポートにはインピーダンスZ0のコネクタが付いており、これまた特性インピーダンスZ0の無損失線路(緑色の部分)で回路網に接続されているものとします。
 今、電源とそれに接続されたケーブルを測定器と考え、その先に接続された系を「被測定系」と考えます。
 さらに、測定器と被測定系の接続面をP面、被測定系内部の伝送線路と回路網の接続面をQ面と呼ぶことにします。
Fig.HJ0606_f ポートに電力を加える場合
Fig.HJ0606_f
ポートに電力を加える場合
 この時、電源からP面を経てQ面の手前までは、全て特性インピーダンスがZ0で統一されていますから反射は起こりません。反射が起こるのは、Z0≠ZL(電源から回路網を見込んだインピーダンス)となるQ面であって、P面ではありません。
 また、電力で見ると、Q面で反射した電力は、伝送線路が全て無損失なので、減衰せずに電源に戻り、Sパラメータは途中の伝送線路の影響を受けません。(厳密に言うと、被測定系の中にある線路=茶色+緑色の線の長さが異なると、測定器で受ける波振幅の位相が異なってくるので、Sパラメータの絶対値は変わらないが、偏角は変化する。これは、測定結果を全体のケーブルの長さで補正することで解決する)
 要するに、測定器から被測定系の回路網直前までは、整合が取れていて、それより内部(回路網)の反射は損失なく測定器に戻るので、回路網の性質を表すSパラメータの測定には何の問題もないことが分かります。
 逆に、もし、P面でも反射が起こるようだと、Q面での反射と併せて多重反射となり、Sパラメータが決められなくなってしまいます。私が疑問に思った「整合が取れているなら反射がなくてSパラメータが測れない」というのは全く逆で、「整合が取れているから、中の回路の応答が乱されずに測定器まで届く」ということなのです。

(2) ポートから電力を受ける場合

 この場合も上と全く同様で、電源がなくなって、終端抵抗に変わったのみです。
Fig.HJ0606_g ポートから電力を受ける場合
Fig.HJ0606_g
ポートから電力を受ける場合
 Fig.HJ0606_gのように、Z0の終端抵抗を、特性インピーダンスZ0の無損失線路(茶色の部分)を介してn番目のポートに接続するモデルです。ポートにはインピーダンスZ0のコネクタが付いており、特性インピーダンスZ0の無損失線路(緑色の部分)で回路網に接続されているものとします。
 今、終端抵抗とそれに接続されたケーブルを測定器と考え、その先に接続された系を「被測定系」と考えます。
 さらに、測定器と被測定系の接続面をP面、被測定系内部の伝送線路と回路網の接続面をQ面と呼びます。
 この時、反射が起こっているのはQ面であって、それ以降の伝送線路上、P面も含めて終端抵抗までは全て整合が取れていますから、反射は起こりません。
 Q面で反射した電力は、再び回路網の中に入って行ってしまいますが、最終的には、このn番目のポート以外のどこかのポートに出て行ってしまうか、内部で熱になって消滅するか、です。我々がこのn番目のポートについて知りたいのは、Snmつまりm番ポートに加えた波振幅のうち、どのくらいの割合がn番ポートに出てくるか、ということであって、回路網の中に戻ってどこかに行ってしまった波振幅については関心がありません。(それらは他のSパラメータに現れる)
 むしろ、ポートに出てきた電力をそのまま終端抵抗まで伝送することの方が重要です。なので、ポートから終端までは、全てインピーダンスが整合している必要があるのです。

(3) 方向性結合器(方結)

 ここまでは、回路網の外部との信号のやり取りを行うポートについて、そこに信号電力が出入りする、と概念的に書いてきました。考え方は簡単ですが、相手は高周波の進行波や反射波(後退波)ですから、実際に測るとなるとテスタやオシロスコープでは測れません
Fig.HJ0606_h 方向性結合器
Fig.HJ0606_h
方向性結合器
 パワースプリッタ(分配器)+電力計(パワーメータ)では、電力の「方向性」は測れないので、電力の流れの向きも含めて何とか測る必要があります。
 そこ、Fig.HJ0606_hのような方向性結合器(略して「方結」)と呼ばれるものがで使われます。
 基本はこの図の上のように、左から入ってきた(この向きを進行波とします)電力Piに比例するPfを結合出力として取り出し、残りを右に伝送するものです。どのくらいの割合でPfを取り出すか、を結合度(Cの逆数)で表し、通常は100とか1000(20 [dB]とか30 [dB])といった、大きな(Cは小さい)値です。従って、殆どの進行波電力はそのまま出てきます。
 ポイントは、逆方向に入ってきた後退波電力は殆ど結合出力に現れない、という点です。この図で言うと、結合出力に現れるのは、右方向に進む進行波電力に比例した成分のみで、左方向に進む後退波に対しては応答しないことになります。
 実際には、後退波に応答する出力も欲しいので、Fig.HJ0606_hの下のような双方向性の結合器もあります。簡単に考えれば、この上の図の方結を向かい合わせに繋げれば実現できます。このようにすれば、進行波と後退波の両方に比例する出力が、同時に得られます。
 なお、方向性結合器については、H2008B05の解説で触れていますので、こちらを参照下さい。

[3]ベクトルネットワークアナライザ

 ここからはぐっと現実的に、測定器としてのベクトルネットワークアナライザについて考えます。

(1) ネットワークアナライザとは何か

 まず、ネットワークアナライザとは何でしょうか? アナログエレキ屋として最初に扱うのが電圧・電流・抵抗等を「測る」テスター、次に波形を「読む」オシロスコープ(オシロ)、高周波の世界に入ってスペクトルを見るスペクトラムアナライザ(スペアナ)と、このネットワークアナライザ、ということになります。
 「ネットワーク」というのは「回路網」のことで、PCやサーバを繋ぐネットワークではありません。今まで見てきたような、回路網の特性を調べる測定器のことを指します。単に「回路網の特性」と言っても漠然としていますが、高周波域で使用するネットワークアナライザといえば、ほぼ例外なくSパラメータを測定する装置のことを言います。
 Sパラメータは周波数によって変化する、と書きましたが、ネットワークアナライザは、内部に周波数可変の正弦波発振器を持っており、この周波数をスイープしながらSパラメータが測れる仕組みになっています。

(2) Sパラメータを測る

 Sパラメータは複素数(大きさと偏角=位相を持つ数)ですが、このSパラメータの絶対値のみを測定できるものがスカラーネットワークアナライザ絶対値と偏角の両方を測定できるものが、ベクトルネットワークアナライザと呼ばれるものです。
 この問題は後者を対象としています。スカラーネットワークアナライザから得られるSパラメータは実数で、位相情報はありません

(3) 原理構成と動作

 ベクトルネットワークアナライザの構造は、概略Fig.HJ0606_iのようになっています。(この図は、非常に単純化したもので、実際にはもっと複雑です)
 まず、被測定物(DUT=Device Under Test)としては、通常2ポートのものが接続できるようになっています。内部には周波数可変の正弦波発振器を持っていて、これをFig.HJ0606_fでいう励起電源とします。周波数可変ですので、Sパラメータや、そこから換算される各種パラメータの周波数特性を得られます。
 また、DUTに入って行く進行波電圧、DUTから出てくる後退波電圧を測定するため、方向性結合器がポート1と2の側にそれぞれ一つずつ配置(方結1と方結2)され、進行波電圧と後退波電圧をピックアップして演算する部分(ベクトル成分検出&演算と書かれた部分)が結合ポートに接続されています
 Fig.HJ0606_dで見たように、ポート1を励起している時はポート2には整合負荷が接続され、ポート2を励起している時はその逆になります。この動作を切り替えるため、SW0、SW1及びSW2連動して切り替わるようになっています。さらに、SW1、SW2にはそれぞれ、片側に整合負荷終端器)が付いています。
 この「ベクトル成分検出&演算」のブロックについては、後程、説明します。
 まず、S11とS21を測定する場合を考えてみます。
 これらを測定するには、ポート1から電力を入れてやればいいので、SW0で発振器をポート1側に接続し、SW1では発振器出力がポート1に流れるように接続します。一方、SW2では、ポート2からの出力が終端器に流れ込むように切り替えます。
 このようにしておいて、方結1でポート1への入射波電圧Vf1 [V]と、後退波電圧V11 [V]を測定し、方結2で透過波電圧V21 [V]を測定します。方結2は終端器に接続されますから、ここでの反射は原理的にないので、ポート2側で測定できるのは、透過波電圧V21のみです。
Fig.HJ0606_i S11とS21の測定
Fig.HJ0606_i
11とS21の測定
 上記で述べた電圧は、全て位相情報を含む「複素電圧」です。各方向性結合器の結合ポートの出力電圧を求め、それらの比を求めれば、それがSパラメータ、ということになります。式で示せば、以下のようになります(Vの上のドット・は、この値が複素数であることを示します)。
 
 この演算処理は「ベクトル成分検出&演算」のブロックで行います。
 次に、S12とS22を測定する場合を考えてみます。
Fig.HJ0606_j S12とS22の測定
Fig.HJ0606_j
12とS22の測定
 今度は、上とは全てのスイッチを逆に倒して、ポート2から電力を入れてやるように、SW0は発振器をポート2側に接続し、SW1ではポート1からの出力が終端器に流れ込むように切り替えます。一方、SW2は、発振器出力がポート2に流れるように接続します。(Fig.HJ0606_j)
 そうして、方結2でポート2への入射波電圧Vf2 [V]と、後退波電圧V22 [V]を測定し、方結1で透過波電圧V12 [V]を測定します。方結1は終端器に接続されますから、ここでの反射は原理的にないので、ポート1側で測定できるのは、透過波電圧V12のみです。
 S12とS22を計算するには、S11とS21の場合と同様にして、
 
を計算すれば求められます。これも「ベクトル成分検出&演算」のブロックで信号処理と計算を行います。

(4) 複素電圧値の測定

 上で、進行波や後退波の電圧は、全て位相情報を含む複素電圧であると述べました。そのような電圧をどのように測定するか、「ベクトル成分検出&演算」ブロックの中身と動作を説明します。
 このブロックには、2つの方結から2本ずつの結合出力が入ります。また、Fig.HJ0606_iやFig.HJ0606_jにあるように、正弦波(基準信号)発振器の出力もここに入ります(Fig.HJ0606_k左側)。
 各部では、Fig.HJ0606_kの右側のように、これら4本の信号全てに対して、それぞれ基準信号発振器の出力に基づいて、直交検波します。やっていることは、複素電圧をベクトルに見立てて、cos信号と相関のあるI(In phase)成分と90°ずれたsin信号に層間のあるQ(Quadrature)成分に分離しているわけです。
 さらに、検波出力をA/D変換して、数値演算により、(30)〜(33)のSパラメータを計算する仕組みです。
Fig.HJ0606_k ベクトル成分検出部の構成
Fig.HJ0606_k
ベクトル成分検出部の構成
 時間と共に変化する複素電圧をIとQで、
 
と表せば、直交検波によりI成分とQ成分が分離されて出てきます。これらがそのまま実部と虚部なので、それぞれデジタル化して複素数演算((30)〜(33)式)してやれば、それぞれのSパラメータが得られます。
 また、任意の複素数を表す書き方で
 
という書き方(極座標表示)もありますが、これはIやQと下記の式で結び付けられます。
 
 ベクトルネットワークアナライザのSパラメータの表示方法として、スミスチャートも選べますが、スミスチャートはまさにこの極座標表示です。

(5) 測定前の校正について

 ネットワークアナライザを使う前には、必ず校正を行わなければなりません。特に、ベクトルネットワークアナライザは、上に述べたように測定結果に位相の情報が含まれますので、測定系の電気長の違いが誤差を生みます。
 「位相情報」というのは、言い換えれば「信号が進む距離がどれだけか」ということなわけで、進む電気的距離が異なれば検出点での信号の位相に差が生じるため、誤差になるわけです。
Fig.HJ0606_l 測定前の校正
Fig.HJ0606_l
測定前の校正
 例えば、FigHJ0606_l左上の短いケーブルと右上の長いケーブルでは、同じDUTを測定しても、測る周波数によっては大きな違いが出るでしょう。波長が短くなればなるほど、ケーブルの長さの差と波長の比による誤差が大きくなります。
 これを防ぐため、ベクトルネットワークアナライザでは、最初に規定のケーブルに様々な物を繋いで、校正(キャリブレーション)を取ります。接続する物は、開放(何も繋がない)、短絡器、終端抵抗、直結、規定長のケーブル等です。校正方法には、これらを使った種々のものがありますが、ここでは詳しくは触れません、要するに「最初に規定長の物を繋いで、基準面を決める」という作業です。
 基準面を決める、というのは、簡単な例で言えば、テスタの抵抗レンジで低抵抗を測る時、最初にテストリードをショートして0 [Ω]調整しますが、それと同じで、基準面の間に接続された回路について、ベクトルネットワークアナライザが位相と振幅を測りますよ、という「原点定義」です。
 実際の基準面は、両ケーブルのコネクタの接触面になります。マイクロ波以上では、ケーブルコネクタがオス・メスの場合、極性変換のための変換コネクタでさえも誤差の要因になりますので、専用のアダプタが校正用に付いている場合があります。さらに、特にミリ波以上では、コネクタのネジを手で締めるのでも締め付けトルクのバラツキで嵌合部分の長さが変わるため、校正用具にトルクレンチが付属している場合があります。
 また、(ケーブル側の)コネクタは消耗品で、シビアな用途では着脱回数が規定されている場合があります。ここまで行かなくとも、乱暴に抜き差しすると、アナライザ側のコネクタの中心導体が曲がったりするので、コネクタは丁寧に扱わなければなりません。
 スカラーネットワークアナライザでは、位相情報は測定しないので、ケーブルの減衰が無視できれば良い程度で、ここまでシビアではありません。

それでは、解答に移ります。
DUTの入力に用いる正弦波発振器は周波数可変ですから、正しい記述です
ベクトルネットワークアナライザはSパラメータを測定する装置ですから、正しい記述です
ここに記された回路パラメータは、全てSパラメータから導出できるので、正しい記述です
測定ケーブルによる誤差は、測定前の校正で取り除くことが可能なので、正しい記述です
パワースプリッタでは、波の進行方向を識別できる出力を得ることができませんので、誤った記述です
となりますから、正解(誤った記述)はと分かります。

 この解説を全部読まれた方、お疲れ様でした…と言いたくなるくらい、大変な内容です。私も、全部理解しているとは言えません。ただ、「全部理解しなければ解けないか」というと、そんなこともなく、例えば「SパラメータからhパラメータやZパラメータ、Yパラメータへの換算方法」を知らなくても、「これらはSパラメータから導出できる」と知っていれば、問題を解く分には十分です。実際、ネットワークアナライザを使うことになっても、これらの換算は、機械がやってくれます。
 重要なのは、Sパラメータとは何か、どうすれば測れるのか、誤差をどうやって取り除くのか、といった点です。理解するには高周波特有の考え方が必要な個所もありますので、普段こういった測定器を使っていないと分かりづらいかもしれませんが、世の中の技術はどんどん高周波に重点が移っています。アマチュアの試験にも、そんな技術の波が押し寄せている、ということを感じさせる問題です。