□ R03年12月期 B-02  Code:[HD0305] : 電圧制御型水晶発振器、温度補償型水晶発振器、恒温槽型水晶発振器のそれぞれの特徴
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無線工学 > 1アマ > R03年12月期 > B-02
B-02 次の記述は、一般的な電圧制御型水晶発振器(VCXO)、温度補償型水晶発振器(TCXO)、恒温槽型水晶発振器(OCXO)及びルビジウム発振器について述べたものである。このうち正しいものを1、誤っているものを2として解答せよ。
VCXOは、水晶片と可変容量ダイオードを含む発振回路を金属ケースに収めたもので、可変容量ダイオードに加える電圧で発振周波数が微調整できる。
TCXOは、特定の角度で切り出した水晶片と、この水晶片の温度係数を打ち消す温度係数を持つ温度変化素子で共振回路を作り、発振回路基板とともに金属ケースに収めたものである。
OCXOは、温度係数の小さな水晶片と発振回路基板を恒温槽に入れ、全体を金属ケースに収めたものである。恒温槽をあらかじめ稼働させていなくても、周波数が安定するのに必要な時間はTCXOより短い。
VCXO、TCXO、OCXOの中で最も周波数精度が高い(良い)のはTCXOである。
ルビジウム発振器は、ルビジウム原子の持つ極めて安定度の高い固有周波数に、水晶発振器の発俊周波数を同期させた原子発振器である。

 水晶発振子は、LC共振回路を用いた物よりも、はるかに安定な発振回路を組むのに適していますが、世の中には、さらに高安定な周波数を必要とする用途がたくさんあります。最も身近なものは、GPSです。GPS衛星に搭載されたクロックの精度で、地球上の測位の精度がほぼ決まります。
 この問題では、水晶発振の様々な高精度化のための工夫が問われています。

[1]水晶発振子と水晶発振器

 まず最初に、用語の定義を述べておかなければなりません。特に重要なのが、水晶発振(水晶振動子、ともいう)と水晶発振です。
 水晶発振とは、水晶(今は100%人工水晶)の結晶から一定の厚みや結晶軸に対する角度で切り出した水晶片に、電極を付けてパッケージしたものを言います。つまり、水晶発振子はパッシブ(受動)素子で、電源端子はありません。
 一方、水晶発振は、内部が水晶発振とフィードバック回路からなる、回路モジュールで、発振を持続させるための電源が必要なものです。
 この問題で問われているのは、種々の周波数安定化のための回路等が入った、水晶発振器の方です。ただ、用語としては、両方出てきますので、混同しないようにご注意下さい。

[2]周波数精度を悪化させる要因

 元々、かなりな高精度の水晶発振子ですが、使われる条件によってその高精度が生かせるかどうかが決まります。その要因としては、負荷容量、電源電圧、温度、振動等です。
 これらのうち、水晶発振子を回路の中に組み込んでしまう水晶発振器で問題になるのは、電源電圧と温度です。負荷容量は、回路が決まればほぼ一定(温度変動を除く)ですし、振動は機械的な問題なので、基板又は装置全体で防振する等しなければ解決できません。
 また、電源電圧は、特に安定化が必要であれば、水晶発振器だけに特別にノイズが少なく安定な電源を用意することは可能ですので、水晶デバイスを供給する側で工夫するのは、主に温度に対する変動抑制、ということになります。

[3]SPXOとは

 SPXOという言葉はあまり聞きませんが、Simple Packaged Crystal Oscillatorの略です。
 Fig.HD0305_a上のように、水晶発振子と発振を維持するためのフィードバック(正帰還)アンプが中に入っているだけの、単純なものです。周波数を安定化するための回路や仕組みは入っていません
 従って、水晶発振器としては最も簡単な構造で、精度はほぼ水晶そのものの特性に依存します。
 水晶の両側にぶら下がっている静電容量は、負荷容量の意味ですが、必ずしもこのように明示的にコンデンサがあるわけではなく、アンプの入力容量を負荷容量としたりします。コンデンサが付いている場合は、水晶発振子に加えてコンデンサの温度特性も発振周波数に影響します。
Fig.HD0305_a SPXOとVCXOの構造
Fig.HD0305_a
SPXOとVCXOの構造

[4]VCXOとは

 VCXOは、Voltage Controlled Crystal Oscillatorの略です。外部から直流電圧を加え、その値を変化させてやることで、周波数が微調できるようになっている水晶発振器です。
 Fig.HD0305_a下の例のように、バラクタに加わる制御電圧を変えてやると、この静電容量が変化します。バラクタは水晶発振子にとっての負荷容量ですから、この容量が変化するすることで、発振周波数が変わります。
 外部から電圧を加えるだけなので、周波数安定度を高めることにはなりません。つまり、VCXOは周波数をチューニングするための仕組みが備わっている発振器、ということです。
 PLLの項(H1404A10)で、VCO(Voltage Controlled Oscillator)の説明をしていますが、働きとしてはVCOと同じです。ただ、水晶発振子の発振周波数は、水晶の厚みと切出し角でほぼ決まっており、負荷容量を変えても大きくは変えられません。PLLのループ内にVCXOを使う場合は、引込み範囲(PLLがロックできる周波数範囲)に注意が必要です。

[5]TCXOとは

 TCXOは、Temperature Compensated crystal Oscillatorの略で、水晶発振子の温度特性を打ち消す温度補償回路を付加したものです。
Fig.HD0305_b TCXOとOCXOの構造
Fig.HD0305_b
TCXOとOCXOの構造
 Fig.HD0305_a上のように、水晶発振子にその温度特性が打ち消されるような、温度補償回路を付けてやれば、周波数は温度によって変化しにくくなるだろう、という発想です。
 温度補償回路には、サーミスタやコンデンサ、抵抗、トランジスタといった簡単な素子だけで構成されたアナログ型と、温度センサと信号処理用の回路、メモリ等を積んだICを使うIC型があります。IC型は温度によってバラクタに加える電圧を変えて、周波数が一定になるように制御します。
 昔は高価でしたが、普及により小型化と低価格化が進んできたので、アマチュア無線機にも多く使われるようになっています。
 TCXOで使う温度補償回路は、IC型の場合は水晶自体の温度特性が分かれば、その逆特性をメモリに入れておくことで、かなり高精度な補正ができますが、アナログ型では補償回路の特性を単純な回路でびたりと水晶の逆特性にすることはできないので、どうしても不完全さが残ります。
 この不完全さも許容できない場合は、下のOCXOを使います。

[6]OCXOとは

 VCXOは、Oven Controlled Crystal Oscillatorの略です。Ovenは恒温槽のことです。Fig.HD0305_b下のように、発振周波数の安定に関わる部分を全部恒温槽に入れてしまえば、TCXOより高い安定度が得られるだろう、という発想です。
 温度制御が適正になされていれば、外部の温度に関わらず、高い周波数安定度が得られます。通常は、冷やすより温める方が簡単なので、50℃程度の温度に設定されます。
 但し、デメリットもあります。温めるには電力が必要なので、普通はバッテリ駆動の装置等には使えません。また、電源を入れてから温度が一定になるまでは、時間がかかり、この間、周波数がずれて行きます。安定性が必要、かつ、頻繁に電源をON/OFFするものには、常に恒温槽だけはONにしておくといった、エコでない(待機電力が大きい)使い方が求められます。逆に言えば、安定度が必要、かつ、業務用で24時間電源を入れっぱなし、といった用途に向きます。

[7]ルビジウム発振器とは

 OCXOでも安定度が足りない、ということになると、これはもう周波数標準のレベルです。放送局の搬送波とか、衛星通信の周波数とか、上にも書きましたが、身近な所では、GPS衛星の「時計」などです。
 水晶振動子は、機械的振動を電気信号に、またその逆の働きで発振を得ますが、その精度にはどうしても限界があります。さらなる周波数の絶対的基準と安定度を要求するのであれば、物質が持っている本質的な振動、つまり原子や分子が持つ固有の振動を利用せざるを得ない領域に入ります。これらは、ある程度は外乱によって周波数が変化しますが、その程度は水晶よりは格段に小さいからです。
 「原子や分子が持つ固有の振動」は、殆どがマイクロ波から光やガンマ線の周波数に及びます。従って、これを利用しようとすれば、どうしても高周波を扱う必要が出てきます。
 さて、そんな原子の一つとして選ばれたアルカリ金属であるルビジウム(Rb 原子番号37)は常温常圧で金属ですが、ガス状にして他の不活性ガス(窒素N2やネオンNeやアルゴンAr等の希ガス類)と一緒に封入した、ガスセルというものを使います。なお、ルビジウムには同位体がありますが、発振器に使うのは、87Rbです。
 Fig.HD0305_cにルビジウムガスセル(以下、Rbセル)を使った発振器の例を示します。Rbセルには窓があり、ある波長のレーザー光(波長=λ [m])が入射していて、出射側の窓から出てくる光の強度をセンサでモニタしています。
Fig.HD0305_c ルビジウム発振器の構成
Fig.HD0305_c
ルビジウム発振器の構成
 Rbセルはこの後で述べるマイクロ波の周波数で共振する、空洞共振器の中に入れます。また、(Fig.HD0305_cには描いていませんが)Rbセルには外来の磁力線を内部に入れない、磁気シールドが必要です。交流は無論、直流の磁気もダメです。
 ここからは、一旦電気を離れ、Rb原子の振舞いを、電磁波との相互作用に着目し、その物理を理解してから、またFig.HD0305_cのブロック図に戻ります。

[8]ルビジウムの「固有の振動」とマイクロ波

 この先の説明は、どうしても物理に触れざるを得ず、「誘導放出」とか「エネルギー準位」といった言葉が出てきますが、1アマの国家試験レベルでは必要ではないので、「そんなもんか」でスルーされても構いません。また、私も原子時計の専門家ではないため、間違いを含む可能性があるので、ご注意下さい。
 Rb原子は、基底状態(エネルギーが最も少ない安定状態)で、最外殻(5s軌道)に電子1個があり、F=1又はF=2という微妙にエネルギー準位の異なる軌道のどちらかに(殆どが)入っています。F=1よりもF=2の方がエネルギー準位が少し高いので、通常の状態では、F=1状態にある電子の数の方が多いでしょう。
Fig.HD0305_d Rbの電子遷移
Fig.HD0305_d
Rbの電子遷移
 ここに、先の波長λのレーザー光を当てると、最外殻電子がレーザー光の光子のエネルギーを吸収し、5p軌道という、1レベル、エネルギーの高い軌道に遷移します(同図A)。しかし、エネルギーの高い状態は不安定なので、放っておくと励起した電子はほぼ同じ1/2ずつの確率で、F=1又はF=2に「自然に」落ちてきます(同図B又はC)。これを自然放出と言います。
 5p→5s(F=1)に落ちる時は、レーザーと同じ波長の光子1個を放出します(図中、λ1=λ)が、5p→5s(F=2)に落ちる時は、F=1とF=2のエネルギー差分だけ、波長が長い(周波数が低い)光子1個を放出します。つまり、λ2≠λで、λ2>λということです。
 5s(F=2)の方に落ちてきた電子は、まだ少しエネルギーが高いので、5s(F=1)に遷移しようとしますが、この遷移は、禁制遷移と言って、量子力学的に殆ど確率が零となっています。かといって、レーザー光の光子をもらって5pに上がろうにも、5s(F=2)→5pに必要なエネルギーとレーザー光子のエネルギーが違うので、5pにも上がれません。つまり、5s(F=2)に落ちてきた電子は、行き場がないのです。
 一方、5s(F=1)に落ちた電子が再びレーザー光の光子を得て、5pに上がることは全く問題なく起こるので、またまた上がった半分の電子が5s(F=2)に落ちてきて、溜まって行きます。
 こうして、レーザー光が入射し続ける限り、5s(F=1)の電子は減少し、減った分、5s(F=2)の電子が溜まって行くことになります。このように、エネルギーが低い準位よりも高い準位の方に電子が多い状態は、自然にはあり得ず、反転分布と呼ばれ、レーザー発振等にはこれが必須です。
 ここに、5s(F=2)と5s(F=1)のエネルギー差に相当する電磁波を入射してやると、5s(F=2)に溜まっていた電子のエネルギーは、入ってきた「種」の電磁波と周波数と位相にピッタリ揃って、一気に放出されます。この現象を、誘導放出といい、レーザー発振器の内部で「光で光を増幅する」原理です。これでやっと電子は、5s(F=1)に戻れました。ここでミソなのは、この現象が起こるマイクロ波の周波数の幅です。Fig.HD0305_dの右上に6834682612.8Hzという数値がありますが、有効数字が11桁もあります。約6.8GHzですが、0.1Hzの単位まで正確なのです。ルビジウム発振器が安定・高精度なのは、この周波数からごく僅かずれても、誘導放出が殆ど起こらなくなる、というくらいシャープな現象だからです。
 さて、ここで、レーザー光の強さに着目してみます。Fig.HD0305_dのA→Bの過程では、光子が1個吸収され、同じエネルギーの光子1個が放出されますから、光は同じ強さを保ちます。ところが、A→Cの過程ではλ<λ2ですから同じ波長の光子は出てきません。これらの過程が1/2ずつの確率で起こるとすると、レーザー光の光子数は1/2になって出てくることになります。しかし、5s(F=2)に遷移してしまった電子は、6834682612.8Hzのマイクロ波を当てない限りはどんどん溜まって行くので、いずれレーザーを吸収してくれる5s(F=1)の電子はいなくなり、レーザー光は減衰せずに出てくるようになるでしょう。
 逆に、もし、6834682612.8Hzのマイクロ波を当て続ければ、5s(F=1)→5s(F=2)への誘導放出が連続的に起きて、レーザー光を吸収してくれる5s(F=1)の電子がなくなることはないですから、上に書いたようにレーザー光子数はA→Bが起こる確率に等しい1/2近くまで減衰したままとなるはずです。
 つまり、Fig.HD0305_cのRbセルを通り抜けてきたレーザー光は、周波数逓倍器からの信号が、6834682612.8Hzにピタリと合った時だけ、減衰することになります。

[9]ルビジウムで水晶発振をロックする

 ここからは、再びFig.HD0305_cに戻って、ルビジウムの正確な周波数を、安定化に利用する方法を考えます。
 この図で、Rbセルを抜けてきた光が減少するのは、周波数逓倍器からの出力が6834682612.8Hzになる時でした。それなら、PLLでやったように、周波数可変の発振器に、何らかの方法で発振器の周波数(のn倍)がこの周波数になるようにフィードバックを掛けてやればいいことになります。それが、Fig.HD0305_cの右側に「一種のPLL」と書いた部分のループになります。周波数可変の発振器としては、可変範囲は広くなくて良いので、VCXOが使えます。この例では、VCXOの出力に位相変調を掛け、レーザー光の透過率が最小になる瞬間が周波数の振り幅の中央に来るように制御されます。(なお、この図には描いてありませんが、実際にこの動作を実現するには、積分器には低周波発振器と同期したリセット信号を入れる等の工夫が必要です。)
 ロックが掛かった状態で、水晶発振器(VCXO)の出力を取り出せば、ルビジウムの5s(F=2)→5s(F=1)の誘導放出が起こる6834682612.8Hzにピタリと同期したクロックが得られる、というわけです。

それでは、解答に移ります。
 …VCXOの構成や特徴を1正しく記述しています
 …TCXOの構成や特徴を1正しく記述しています
 …OCXOは恒温槽が温まるまで時間がかかりますので、2誤った記述です
 …VCXO,TCXO,OCXOの中で最も精度が高いのはOCXOですので、2誤った記述です
 …ルビジウム発振器の動作原理を1正しく記述しています
となります。
 なお、選択肢ア、イ、ウで「金属ケースに収めたもの」とありますが、これは必ずしも正しくなく、全体が金属で覆われたパッケージ、一部が金属のセラミックパッケージ、全体がセラミックのパッケージといった様々なものが出ています。